財産を守りたい思いは同じ 海上自衛隊から政治家に転身

国を守りたい思いや目的は変わりません。ただ、役割と手段を変えました。元海上自衛官の海沼秀幸さんは災害派遣や海外派遣の経験を活かし、埼玉県川越市の市議会議員として市民の安心・安全を支えています。自衛隊出身者だからこその訴えがあり、将来的には国会議員として憲法9条の改正を目指しています。 

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【プロフィール】 

海沼秀幸:高校卒業後、海上自衛隊に入隊。海外派遣や東日本大震災派遣などを経験。その後、政治家を志して二松学舎大学に入学し国際政治経済を学ぶ。2015年4月の川越市議会議員選挙に立候補し、最年少の28歳で初当選。2025年1月の市議補選に当選し現在3期目。 

古川勇気:2024年7月にBallista入社。8月からスタートした「Catapult」を担当。防衛大卒業後、入社試験時の適性検査を販売する企業で営業職などを経験。人材獲得や入社後のミスマッチに課題のある会社の内定率向上や離職率低下に貢献した。 

海上自衛隊で6年半 海外派遣や災害派遣を経験 

古川:どのようなきっかけから自衛隊に入隊されましたか? 

海沼:小さいころから警察官だった父親を見ており、国の安心・安全を守る仕事への憧れがありました。災害現場で活躍したり、国防を担ったりする自衛隊をテレビで見て、自分も国民の命や財産を守る仕事に就きたい気持ちが強くなりました。入間基地の航空祭や朝霞駐屯地の観閲式に行く機会もあったので、他の人よりも自衛隊を身近に感じていた部分もあります。海上自衛隊を選んだ理由はシンプルに海が好きだからです。 

古川:海上自衛隊では主にどんな役割を果たしましたか? 

海沼:護衛艦の乗組員をしていました。舵を握ったり、ラッパを吹いたり、旗を上げたり、船の顔と言われる役割を担いました。海外派遣や東日本大震災派遣など様々な経験を積ませてもらいました。他国と合同訓練する機会も多く、海外には計17か国行きました。国や言葉が違っても手旗を振ったり、発光信号を伝えたりして意思疎通できた時はうれしかったですね。 

「今のままでは国を守れない」 憲法9条に違和感 

古川:憧れていた自衛隊でキャリアを重ねる中、なぜ別の道を歩もうと思ったのでしょうか? 

海沼:憲法9条が大きな理由でした。22歳の時、海賊対処で中東に行きました。それまでも憲法9条にある「陸海空の戦力を持たない」という戦力不保持には違和感がありましたが、海賊対処の経験を通じて「今の憲法では、日本が危険にさらされても国を守れない」という危機感が強くなりました。戦闘機のF-35であれば、一発撃たれてしまえば2人のパイロットは即死してしまいます。その状況で、政府や議会の判断を待っていられません。元自衛官として現場を知っているからこそ、現状を変えないといけないと感じました。私にとって政治家は新しい道ではなく、自衛隊の延長線上にあります。役割や方法が違うだけで、国を守りたい思いは全く変わっていません。 

古川:自衛隊を辞めてから、どのような経緯で政治家になったのでしょうか? 

海沼:高校卒業後に自衛隊に入り、最前線の現場で国際安全保障を学びました。今度は学問として外交や安全保障を学んでみたいと思い、二松学舎大学の国際政治経済学部に入学しました。自衛隊を離れてから3年間の計画は事前に立てていました。最初の2年間は新聞奨学制度を活用して大学に通いながら国会議員の秘書を務め、最後の1年間は地元の川越市で活動して選挙に打って出る計画です。大学入学後、ヒゲの隊長の愛称で知られる佐藤正久参議院議員を訪ねて、無償で働かせていただきました。面識はありませんでしたが、公設第一秘書並みの業務を任せていただきました。大学は2年間で中退し、新聞配達を続けながら地元で1年間ビラ配りや街頭演説を重ね、28歳の時に川越市議会議員選に立候補しました。最年少の新人ながら3916票をいただき当選を果たしました。 

「自分が変える」 公務員の安定を捨てて政治家の道へ 

古川:初めての選挙で当選できたのは、どんなところが有権者に響いたと思いますか? 

海沼:ビラや街頭演説では、生まれ育った地元のために日本一安心・安全なまちづくりを目指すと伝えました。配布したビラは20万枚を超えました。粘り強く訴えた結果が、多くの有権者に思いや考えが届いたのかもしれません。当時は政治家の経験や実績がない中、多くの支援者にも支えられました。活動を継続していると、周りの反応が変わってくるのが分かりました。目標や目的に向かってやり続ける姿勢は自衛隊時代に培われたと思っています。有権者は元自衛官だった私に対して、人としての基本ができているイメージを持っていたとも感じています。 

古川:公務員の自衛隊とは対照的に、政治家は選挙に落選すれば職を失ってしまいます。また、自衛隊の中には海沼さんと同じように憲法9条改正の必要性を強く感じている人が少なくありません。その中で、なぜ海沼さんは自身が政治家になろうと手を挙げたのでしょうか? 

海沼:自衛隊時代、部隊で飲みに行くと政治の話になりました。日本は今のままではダメだと愚痴をこぼす一方、「この中から誰かが政治家になって日本を変えますか?」という話になると、誰もがおとなしくなってしまいました。そんな状況に幾度となく遭遇し、自分が変えないといけない気持ちが強くなりました。政治家は選挙にお金がかかりますし、落選した瞬間に無職になります。リスクはありますが、それ以上に誇りや意義の大きな職業だと思っています。皆さんの命や財産を守る仕事ですから。 

有事での瞬発力や勤勉さ 自衛官出身の政治家に強み 

古川:自衛隊出身の政治家には、他の人にはない強みがあると感じていますか? 

海沼:何か起きた時に素早く反応できる「危機管理における瞬発力」は元自衛官の強みです。例えば地震が発生したとしても慌てふためくのではなく、揺れている段階から次にすべきことを考えて行動できます。その他ですと勤勉さが挙げられると思います。自衛隊出身の国会議員や地方議員の方々と接していると、自衛隊時代からまじめに職務に取り組まれていたんだろうなと感じる方ばかりです。手を抜かないで任務にあたる愚直さは政治家にも問われる要素だと思っています。 

古川:これまでの議員生活で特に、どのような取り組みに力を入れてきましたか? 

海沼:自衛隊時代に災害現場を経験したこともあり、防災関連はソフト面もハード面も実績を重ねてきました。天下りではなく、自衛隊OBを川越市役所の職員に採用したのも、その1つです。防災の専門家として知見を活かしてもらうため、防災危機管理室に入ってもらいました。災害時に指揮系統の中枢となる部署で、部長級の市職員を補佐するナンバー2のポジションを務めています。経験豊富な自衛隊OBがいるのは有事の際に市民や市職員の安心感につながります。平時は市職員を対象にした防災の研修会を定期的に開いてもらうなど、市の災害対策に貢献していただいています。 

転職の成功と失敗 明確な目標や目的がカギ 

古川:政治家としての目標やビジョンを教えてください。 

海沼:将来的には衆議院議員になって憲法9条を改正し、日本の真の独立を目指していきたいです。自衛隊がある以上、憲法9条にある戦力不保持は削除を前提にして法整備を進めていかねばならないと考えています。その考えがあるからこそ、自衛官を辞めて政治家に転身しました。国民の命を守ることを大前提として、自衛官の命も守りたいというのが私の思いです。今までは市議、県議、衆議院議員というステップ以外の選択肢を消していました。ただ、2023年の埼玉県議選で落選し、挫折を経験して市議に出戻りとなりました。今は1つのロードマップに縛られることなく、どんな立場でもしっかりと自衛隊を後方支援していきたいと思っています。 

古川:国を守る目的は変えずに、海沼さんは自衛官から政治家に転身されました。現状の仕事や役割に迷っている自衛隊出身者は、どのような基準で転職するかどうかを判断すると良いと思いますか? 

海沼:本人が何をしたいのかが明確であれば、新しい道への挑戦は良いと思います。ただ、そこがあいまいなうちは、あまり転職はお勧めしません。フワフワした気持ちで飛び出して失敗した人を見てきましたから。元自衛官で別の道でも活躍している人は芯がぶれませんし、泣き言も言いません。それは、やりたいことが明確だからだと思います。そういう人には周りも付いていきますよね。 

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この記事を書いた人

2024年7月にBallista入社。8月からスタートした自衛隊出身者のネクストキャリアをサポートする事業「Catapult(カタパルト)」を担当。防衛大学校卒業後、入社試験時の適性検査を販売する企業で営業職などを経験。人材獲得や入社後のミスマッチに課題のある会社の内定率向上や離職率低下に貢献した。

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