独学でプロカメラマンとなり、経営者として成功できた背景には「想像力」がありました。元陸上自衛官で現在は株式会社ハッピースマイルを経営する佐藤堅一さんは取引先の立場に立って仮説を立て、悩みを解決する提案やサービスで事業を拡大してきました。自衛隊出身者が民間企業で活躍するポイントには、「想像力」と「能動性」を挙げます。【全2回の後編】
【プロフィール】
佐藤堅一:高校卒業後に陸上自衛隊に入隊。26歳まで8年間勤務。プロカメラマンを目指して退職して2008年に独立。2014年「株式会社ハッピースマイル」として法人化。インターネット上で写真を閲覧して購入できるサービス「みんなのおもいで.com」を運営している。
古川勇気:2024年7月にBallista入社。8月からスタートした「Catapult」を担当。防衛大卒業後、入社試験時の適性検査を販売する企業で営業職などを経験。人材獲得や入社後のミスマッチに課題のある会社の内定率向上や離職率低下に貢献した。
28歳でカメラマンとして独立 運命が変わった出会い
古川:佐藤さんは個人事業主でカメラマンの経験を積み、その後に法人化されています。経営者を志したきっかけを教えてください。
佐藤:前回のインタビューでお話しましたが、経験や実績のないカメラマンが仕事を得るためには、カメラマンを派遣する事務所に登録します。私も色々な事務所にフリーランスとして登録する中で、非常にありがたい出会いがありました。その出会いをきっかけに、起業を意識するようになりました。
古川:どのような出会いだったのでしょうか?
佐藤:ある事務所で初日の仕事に向かう際、社長から「佐藤くん、きょうからよろしく」と声をかけられました。「はい」と返事をすると、社長から「うちの事務所で働いてくれるのは嬉しいんだけど、ずっといないでね」と言われたんです。発言の意図が分からず、「どういうことでしょうか?」と質問すると、「この業界は、ずっと使われる立場にいたらいけない。人を動かす側にならないと伸びないよ」と説明を受けました。当時、私は26歳。社長からは「30歳までには出て行ってね」と言われていたので、それよりも早い28歳までには独立しようと決意しました。そして、独立までの2年間で自分が最大限の力を発揮できて、楽しみを見出せるジャンルを1つ決めようと考えました。
「未来を彩る1枚を撮りたい」 子どもに特化した撮影で独立
古川:2年間で、ジャンルを絞り込めましたか?
佐藤:ブライダルや料理など、あらゆるジャンルの写真を撮りました。その中で、保育園や幼稚園の行事で子どもたちの写真を撮る時だけは、撮影後に疲れを感じなかったんです。撮影していてエネルギーをもらっている感覚がありました。子どもは素直です。悲しい時は泣きますし、楽しい時は笑います。その表情を撮るのが好きで、子どもたちの撮影に特化しようと定めました。そして、単に写真を撮影して販売するのではなく、子どもたちが結婚式を挙げる時に使ってもらえる、未来を彩る1枚を撮りたいと思いました。
古川:幼稚園や保育園に特化した写真撮影で独立したんですね。
佐藤:事務所に所属していた時は案件を紹介してもらえましたが、今度は自分で保育園や幼稚園に営業して仕事を増やしていきました。独立して1年が経った頃に大きな転機が訪れます。ある日、営業に行った保育園で園長先生をはじめとする先生たちが玄関のところで模造紙に写真を貼っていました。園長先生に「大変そうですね」と気軽に声をかけると、「大変なんてものじゃない」と鬼の形相で返ってきました。写真は先生方が撮ったものだったので、撮影した時の園児の様子を話しながら楽しく作業していると想像していました。「大変だけど楽しいよ」といった前向きな返答を予想していたので、ものすごく衝撃的でした。
「これだ」と直感 園長の悩みがビジネスチャンスに
古川:何が保育園の先生たちを困らせる要因だったのでしょうか?
佐藤:園長先生に詳しく話を聞くと、様々な苦労がありました。まず、写真を掲示するスペースは限られているため、全ての写真を貼ることができません。すると、保護者からは「これしか写真はないんですか?もっと撮っていましたよね?」と指摘されるそうです。保育園としては、写真はあっても場所がないので、どうしようもないわけです。それから、保護者には写真を注文するための封筒を配ります。その封筒に保護者は購入したい写真番号を記入するわけですが、保護者によっては数字にクセがあり、6と0、1と7の見分けが付かないといったケースが出てきます。園側が数字を読み違えてしまうと、保護者から「こんな写真は頼んでいない」とクレームを受けます。また、「お釣りがないように」とお願いしても、守ってもらえないことが少なくありません。せっかく保育園は園児や保護者に喜んでもらうためにやっているのに、最終的にすごく嫌な気分になると話していました。この話を聞いた時に、「これだ!」と直感しました。
古川:どのようなことを直感したのでしょうか?
佐藤:園長先生に聞くと、周りの園でも同様の事態が起きていました。私は自衛隊を目指した時と変わらず、独立してからも「困り事を解決して、ありがとうと言ってもらえる仕事」を軸に据えていました。加えて、せっかく起業するからには全国展開できる事業にしたいと考えていました。全国展開のためにはインターネットの活用が不可欠で、子どもたちの写真をネット上で確認して注文するシステムをつくればビジネスになると思ったわけです。園長先生の悩みは私のイメージと全て一致した瞬間でした。
■時代が追いついていない…サービスは普及せず
古川:保育園や幼稚園の悩みを解決して、さらにビジネスとしても上手くいくサービスを思い付いたわけですね。
佐藤:そうなんです。ところが、思い通りに事業を展開できませんでした。時代を先取りし過ぎてしまっていたんです。サービスをスタートした2009年は、まだスマートフォンは普及しておらず、ガラケーの時代です。ガラケーで写真を見るには1枚ずつクリックする必要があり、パケット通信料もかかりました。光回線は一部の企業だけで、大半の一般家庭にはADSLもありませんでした。そんな時代に、ネットで写真を見る発想は理解されませんでした。保護者から「1000枚写真があったら、1000回クリックするんですよね?腱鞘炎になりそうです」と言われ、何も解決策を提示できませんでした。自信を持っていたサービスが全く広がらなかったわけです。
古川:時代の先を行き過ぎたことに気付き、どのように対応したのでしょうか?
佐藤:iPhoneが日本に入ってきて、少しずつ状況が変化しました。ただ、保育園に行って「スマホやパソコンで写真を一気に確認できます」と営業しても、園長からは「保育施設は社会福祉施設なので公平性が必要です。スマホやパソコンがない家庭は写真を購入できないですよね」と指摘されました。この状況では話を前に進められないので、営業活動を一度辞めて時が経つのを待つことにしました。
発案から5年後に時代到来 全国展開の事業に成長
古川:待つことで、状況は変化しましたか?
佐藤:ホームページに来る問い合わせの頻度に変化が出てきました。最初は数か月に1回程度だった問い合わせのスパンが短くなり、週1回くらいになった時、「いよいよ時代が追い付いた」と感じました。そのタイミングで専門の営業部署を立ち上げて、本格的に営業活動を始めました。それが2014年、今も事業の中核となっている「みんなのおもいで.com」というサービスです。園や学校などで撮影した写真をいつでもオンライン上で閲覧し、希望する写真を全国どこからでも購入できるプラットフォームになっています。
古川:園長の悩みを聞いてアイデアを思い付いてから、事業が軌道に乗るまで約5年かかっていますが、あきらめようと思うことはありませんでしたか?
佐藤:間違いなく必要とされるサービスだと確信していたので、信念を貫きました。サービスが軌道に乗るまでは、保育園や幼稚園の行事にカメラマンを派遣する事業も並行して進めていました。いつかは写真のプラットフォーム事業を大きくするビジョンを描いていましたね。
経営者に向いているタイプは「リスクを楽しめる人」
古川:思い通りにいかない時期はモチベーションが低下しませんでしたか?
佐藤:私は、モチベーションの波には原理があると思っています。たとえ、今は上手くいっていなくても、実現する方法が見えている時はモチベーションを高く保てます。これは、やり方が分かっている状態です。一方、今できていなくて実現方法も分からない時はモチベーションが下がります。そこで、私は仮説を立て続けます。実現や達成の道筋を常に描いているので、モチベーションが低下したりネガティブな心境になったりしません。
古川:佐藤さんは経営者として、すでに10年以上の経験を持たれています。起業を成功させるには、どんな要素が必要だと感じていますか?
佐藤:リスクを楽しめる人は経営者に向いていますし、成功できる可能性が高いと思っています。考え方が保守的過ぎると、一歩目を踏み出せませんから。自衛官と真逆と言えるかもしれません。それから、世の中にない商品やサービスで問題や課題を解決したいという思いを持っている人は経営者向きだと感じます。私は、そこが原動力になっています。
想像力と能動性 自衛隊出身者が民間で成功する2つの要素
古川:経営者に限らずサラリーマンを含めて、自衛隊出身者が民間企業で成功するには、何が必要だと思いますか?
佐藤:想像力と能動性です。相手が何を考えているのか、どんな意図で話しているのかを想像できれば先回りが可能です。それから、自分の意見や考えを発信できないと民間企業で活躍するのは難しいです。企業にはそれぞれ目指しているビジョンや方向性があります。そこに対して自分がどのように貢献できるのかを考えて自分なりのアイデアを乗せて発言することが重要です。自衛隊は特性上、指示に従う受け身な行動が多くなります。ただ、民間企業では「言ってもらえれば何でもやります」という指示通りに動くスタンスでは戦力になれません。実現できるかどうかは次の段階なので、まずは、自分の意見を周りに伝える習慣を身に付けると良いと思います。
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