生活保護家庭から防衛大学校へ、任官辞退を経て起業家に 本間大地さんが語る「自由なキャリア」の選び方

生活保護家庭で育ち、防衛大学校へ進学。充実した学生生活を送りながらも、卒業時には自衛官への任官を辞退しました。

その後、半年間のフリーター生活、未経験からの営業職を経て、わずか約1年で起業。現在は営業代行やコンサルティング事業に加え、自衛官専門の人材紹介にも取り組んでいます。

今回お話を伺ったのは、防衛大学校65期卒業生で起業家の本間大地さん。

なぜ防衛大学校を選び、なぜ自衛官にならなかったのか。そして、民間企業でどのようにキャリアを切り拓いてきたのか。

自衛隊専門キャリアコーチの古川勇気が、本間さんのこれまでの歩みと、転職に悩む自衛官へのメッセージを伺いました。

目次

プロフィール|本間大地さん

本間 大地(ほんま だいち)

神奈川県平塚市出身。防衛大学校65期卒業。

経済的な事情もあり、防衛大学校への進学を決意。在学中は陸上要員として学び、棒倒しや各種訓練にも積極的に参加した。

卒業時に任官を辞退し、民間の世界へ。約半年間のフリーター生活を経て携帯販売の営業職に就き、約1年後に防衛大学校の同期と起業。

営業代行事業を中心に事業を拡大し、コンサルティング事業にも進出。現在は自衛官専門の人材紹介にも取り組み、現役自衛官や自衛隊出身者のキャリア形成を支援している。

生活保護家庭から防衛大学校へ進学した理由

本間さんが防衛大学校を知ったきっかけは、少し意外なものでした。

高校時代に交際していた女性の父親が防衛大学校の卒業生で、学校の存在を教えてもらったといいます。

もともとブルーインパルスなどに興味があり、自衛隊に対して好意的な印象を持っていた本間さん。勧められた防衛大学校への進学を現実的な選択肢として考えるようになりました。

しかし、その背景にはもう一つ、大きな理由がありました。

「僕、生活保護家庭で生まれているんですよ」

本間さんは経済的に厳しい家庭環境で育ち、中学生の頃から近所の手伝いなどで働いていました。高校時代には勉強を教える仕事もしていたそうです。

進学を考えるうえでは、学費や生活費の問題が大きな課題でした。

防衛大学校であれば、学費がかからず、学生舎で生活でき、さらに学生手当も支給されます。

経済的な事情を抱えながらも学び続けたい本間さんにとって、防衛大学校は大きな可能性を持つ進路だったのです。

厳しい防衛大学校生活は「楽しかった」

防衛大学校といえば、厳格な規律や集団生活をイメージする人も多いでしょう。

しかし、入校後の印象を尋ねると、本間さんから返ってきたのは意外な言葉でした。

「一言で言うと、楽しかったですね」

特に印象的だったのは、先輩たちの存在です。

厳しい指導を受けることもありましたが、その内容には筋が通っており、尊敬できる人が多かったと振り返ります。

幼い頃から働き、さまざまな大人と接してきた本間さんにとって、防衛大学校は信頼できる仲間や先輩に囲まれた環境でした。

また、集団生活そのものも新鮮だったそうです。

朝から晩まで仲間と行動を共にし、同じ目標に向かって努力する。特に思い出深いのは、棒倒しや夏季の訓練、40km行軍などでした。

「みんなでまとまって、きついことをするっていうのは楽しいですよね」

厳しい環境を共有した仲間とのつながりは、卒業後も本間さんにとって大切な財産になっています。

任官辞退を決意した理由は「自由がないこと」

防衛大学校での生活を楽しんでいた本間さんですが、卒業後は自衛官にならない道を選びました。

その最大の理由は、自由に対する価値観でした。

「自由が利かないというのが、僕の中では一番大きかったですね」

具体的には、大きく3つの制約を感じていたといいます。

1.生活や時間に関する制約

防衛大学校では外出できる時間や生活のスケジュールが決められています。

集団生活は楽しかったものの、将来にわたって自分の時間を自由に使いにくいことには窮屈さを感じていました。

2.副業などの行動に関する制約

中学生の頃から働き、高校時代にも自分で収入を得てきた本間さん。

自衛官として勤務する場合、副業などの経済活動には厳しい制約があります。

さまざまな仕事に挑戦したいという思いがあった本間さんにとって、行動の選択肢が限られることは大きな問題でした。

3.将来のキャリアに関する制約

もう一つは、長期的なキャリアの見通しです。

防衛大学校では、指導教官や先輩から将来のキャリアについて話を聞く機会があります。

一方で、その話を聞くほど、自分が将来たどる道がある程度決まっているように感じたそうです。

「自分の人生の中で、選べる材料が減っていくような感覚がありました」

もちろん、自衛官として専門性を高め、組織の中でキャリアを築くことには大きな価値があります。

ただ、本間さん自身は、より多くの可能性がある民間の世界に挑戦したいと考えました。

最終的には指導官らとの面談を重ね、防衛大学校を卒業したうえで、任官を辞退する決断をしました。

卒業後はフリーターに。民間就職の情報不足に直面

防衛大学校を卒業した本間さんですが、すぐに希望する仕事に就けたわけではありません。

当初はテレビ局関連の仕事に興味があったものの、就職活動に必要な情報が十分に得られなかったといいます。

防衛大学校卒業後の就職活動では、新卒採用と中途採用のどちらを目指せばよいのかもわからず、戸惑いがありました。

結果として、卒業後の約半年間はフリーターとして生活。

東京で防衛大学校の同期とルームシェアをしながら、居酒屋でのアルバイトやUber Eatsの配達などを経験しました。

その生活自体は楽しかったものの、次第に将来を考えるようになります。

「さすがにこのままじゃまずいなと思って、就職活動を始めました」

そこで選んだのが、携帯販売の営業職でした。

営業未経験での挑戦でしたが、ここから本間さんのキャリアは大きく動き始めます。

未経験の営業職から約1年で起業

営業の仕事を始めた当初、本間さんは苦戦しました。

そもそも営業とは何をする仕事なのか、どうすれば商品が売れるのかもわからない状態だったそうです。

そこで、先輩社員や成績の良い同僚から積極的に学びました。

営業の基本的な進め方や顧客との会話の組み立て方などを少しずつ身につけ、半年ほど経つ頃には仕事の面白さを感じるようになりました。

そして、約1年間の営業経験を積んだ後、本間さんは起業に踏み切ります。

「1年ぐらいで、ある程度の営業力がついたので、そのままその業種で起業しました」

起業に踏み切った背景には、自分自身の成長への強い思いがありました。

自衛隊で勤務を続ける同期たちは、国のために責任の大きな仕事に取り組んでいます。

そんな仲間の話を聞くたびに、自分も負けずに頑張らなければならないと感じたそうです。

防衛大学校の仲間の存在が、民間の世界でも挑戦し続ける原動力になっていました。

防衛大の同期と会社を設立。事業拡大を支えた仲間の力

起業にあたって、本間さんがパートナーに選んだのは防衛大学校の同期でした。

学生時代から行動を共にしていた仲間と会社を立ち上げ、本間さんは取締役として事業に参画。

営業活動や採用、案件獲得など、売上をつくる役割を中心に担当しました。

創業当初は自らも営業現場に立ちながら、少しずつ事業を拡大していきました。

2021年には東京オリンピック関連の警備・誘導業務や、新型コロナウイルス関連のコールセンター業務などにも携わる機会がありました。

こうした事業の拡大に伴い、創業から約1年で社員10数名に加え、30〜40名ほどのスタッフが関わる規模へと成長したそうです。

また、会社には防衛大学校の同期や自衛隊出身者も多く集まりました。

互いの性格や強みを理解し、厳しい環境を共に乗り越えてきた関係性は、事業を進めるうえでも大きな強みになりました。

「自衛隊は辞めているけど、毎日元自衛隊のメンバーと話していました」

本間さんの事業は、その後も営業代行やコンサルティングなどへと広がっていきました。

自分と同じ苦労をする人を減らしたい。自衛官専門の人材紹介へ

現在、本間さんが力を入れている事業の一つが、自衛官専門の人材紹介です。

その原点にあるのは、自分自身の就職活動での苦労でした。

防衛大学校を卒業した後、民間就職に関する情報が不足していたために、十分な準備ができなかった経験があります。

「早い段階で転職情報を手に入れられるサイトがあったらいいなと思ったんです」

その思いから、TikTokなどのSNSを活用したキャリア情報の発信を考えるようになりました。

現在は、現役自衛官だけでなく、すでに退職して民間企業で働いている元自衛官からの相談も受けています。

特に力を入れているのが、職務経歴書の作成支援です。

自衛官の中には、履歴書や職務経歴書を書いた経験が少ない方もいます。

また、自衛隊独自の用語や職務内容は、民間企業の採用担当者に伝わりにくいことがあります。

そこで本間さんは、求職者と約1時間の面談を行い、これまでの経験を丁寧に聞き取ります。

その内容を整理し、民間企業にも伝わる言葉で職務経歴書を作成しているそうです。

「転職すればいいというわけではなく、本人がどれだけ納得できるかが大切だと思っています」

自衛官として培ってきた能力を正しく評価してもらうこと。そして、本人が納得できるキャリアを選べるようにすること。

本間さんは、そうした支援の質を高めることに取り組んでいます。

目標は、自衛官の希望に応えられるキャリア支援

今後の目標を尋ねると、本間さんは、求職者の希望により幅広く応えられる支援体制をつくりたいと語りました。

「この会社に入りたい」「こういう条件で働きたい」と相談されたときに、自信を持ってサポートできる存在を目指しています。

もちろん、転職では企業の採用状況やタイミングなど、自分たちだけではコントロールできない要素もあります。

それでも、企業との接点を増やし、転職支援の質を高めることで、一人ひとりの希望を実現できる可能性を広げていきたいと考えています。

同じく自衛隊出身者のキャリア支援に携わる古川とも、より多くの自衛官に選択肢を届けていきたいという思いを共有しました。

転職に迷っているなら、まず行動してみる

インタビューの最後に、現役自衛官や転職を考えている方へのメッセージを伺いました。

本間さんが伝えたいのは、転職するかどうかを悩み続ける前に、まず自分の可能性を知るために行動することです。

「迷っているんだったら、転職活動を一旦してみてもいいんじゃないかなと思います」

転職活動は、必ずしも自衛隊を辞めることと同じではありません。

企業について調べたり、自分の強みを整理したりすることで、民間企業ではどのような仕事ができるのか、どのような能力が求められるのかを知ることができます。

実際に選考を経験することで、自分の市場価値や可能性をより具体的に理解できる場合もあります。

その結果、希望する企業への転職を決める人もいれば、自衛隊で働き続けることに改めて魅力を感じる人もいるでしょう。

「自衛隊がやっぱり好きだと思って、残ることを選ぶ人もいます。それはそれで、迷いがなくなるじゃないですか」

大切なのは、十分な情報や選択肢がないまま悩み続けないこと。

本間さんは、自分の人生を納得して選ぶためにも、早めに情報収集やキャリアの棚卸しを始めてほしいと話します。

※現役自衛官が実際に企業の選考を受ける際は、服務上の規律や所属組織のルールなどを確認する必要があります。

まとめ|自衛隊での経験は、民間での挑戦にもつながる

生活保護家庭から防衛大学校へ進学し、任官辞退、フリーター生活、営業職、そして起業へ。

本間さんのキャリアは、決して最初から計画どおりに進んだものではありませんでした。

それでも、新しい環境に飛び込み、必要な能力を学びながら、自分の可能性を広げてきました。

その過程で支えとなったのは、防衛大学校で出会った仲間たちの存在でした。

自衛隊での経験をどのように活かすかは、人それぞれです。自衛官として勤務を続ける道も、民間企業に転職する道も、起業する道もあります。

どの選択が正しいかではなく、自分自身が納得できる人生を歩めるかどうか。

本間さんのインタビューは、キャリアに悩む自衛官にとって、行動することの大切さを考えるきっかけになるのではないでしょうか。

動画でインタビュー全編を見る

本間大地さんのキャリアについて、さらに詳しく知りたい方は、ぜひインタビュー動画もご覧ください。

防衛大学校での生活や任官辞退を決めた理由、起業までの経験、そして自衛官の転職に対する考え方を、ご本人の言葉でお聞きいただけます。

▼本間大地さん キャリアインタビュー(YouTube)

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この記事を書いた人

古川 勇気のアバター 古川 勇気 Catapult事業責任者

株式会社ヒーロープロデュース 取締役COO。2016年に防衛大学校を卒業。リクルートグループやHR Tech企業での経験を経て、現在は自衛隊出身者のキャリア支援に取り組んでいます。

キャリア面談や応募書類の整理、転職に役立つ情報発信を通じて、自衛隊で培った経験や強みを、民間企業に伝わる言葉にするお手伝いをしています。「自分の経験をどう活かせるか知りたい」「何から始めたらよいかわからない」という段階から、お気軽にご相談ください。

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