自衛隊で身につけた経験は、退職後、どんな場所で生かせるのでしょうか。
陸上自衛隊に4年間在籍し、第1空挺団で勤務した草野琢人さんは、任期満了後にパーソナルトレーナーへ転身。コロナ禍をきっかけに八丈島へ移住し、2025年には学生時代からの夢だった本格的なトレーニングジムを開業しました。
現在はジムの経営に加え、高校の部活動指導や地域の手伝いにも取り組んでいます。入隊時から変わらない「人の役に立ちたい」という思いは、島での暮らしや仕事にどうつながっているのか。転身の経緯、独立後に感じた現実、地域で信頼を築くために大切にしていることを、自衛隊専門キャリアコーチの古川勇気が伺いました。
プロフィール
草野琢人
スポーツの専門学校を卒業後、20歳で陸上自衛隊に入隊。第1空挺団に所属し、入隊から4年後に任期満了で退職。地元のフィットネスクラブで約1年間、アルバイトをしながら知識を学び直し、フリーランスのパーソナルトレーナーとして活動を始める。その後、八丈島へ移住し、2025年に本格的なトレーニングジムを開業。ジム経営のほか、高校の部活動でフィジカルコーチを務めるなど、地域の健康づくりに関わっている。
聞き手:古川勇気
自衛隊専門キャリアコーチ。防衛大学校卒業後、人材業界での経験を経て、自衛隊出身者のキャリア支援に取り組む。Catapultでの相談対応や元自衛官へのインタビューを通じて、自衛隊経験を生かしたキャリア形成のヒントを発信している。
人の役に立ちたい。スポーツの専門学校から20歳で自衛隊へ
古川:自衛隊に入ったきっかけを教えてください。
草野: 高校生の頃から、自衛隊には興味がありました。生きがいを探していた時期でもあって、人助けができれば、自分が生きている意味を感じられるのではないかと思っていたんです。
一方で、トレーニングも好きでした。そこで、高校卒業後はまずスポーツの専門学校に通い、その後に自衛隊へ入るという計画を立てました。実際に入隊したのは20歳のときです。
古川:入隊した時点で、将来トレーナーになることも考えていたのでしょうか。
草野: そうですね。将来は自分のジムを持ちたいと思っていました。ただ、後になってから自衛隊を経験するのは難しいかもしれない。だから、体が動くうちに自衛隊に入り、その世界を経験してから、トレーナーの道に進もうと考えていました。
第1空挺団で知った厳しさと、退職後も続く仲間との絆
古川:自衛隊では、どのような部隊で勤務されていたのですか。
草野: 新隊員の前期教育は大宮で受け、後期教育から習志野に行きました。その後も、退職するまで習志野で勤務していました。配属されたのは第1空挺団の特科部隊で、迫撃砲を扱っていました。空挺降下も経験しています。
習志野には全国から運動能力の高い隊員が集まってきます。それまで持っていた自分のプライドが、全部へし折られたような感覚でした。自分は井の中の蛙だったんだな、と感じましたね。
古川:特に印象に残っている経験はありますか。
草野: 100km行軍は、本当にきつかったです。同期と「頑張ろう」と声をかけ合いながら歩いていました。
そうした経験を一緒に乗り越えた仲間に出会えたことは、大きかったと思います。何でも言える関係は、簡単にはできません。今でも付き合いが続いていて、八丈島まで遊びに来てくれる仲間もいます。
4年間で任期満了。約1年の学び直しを経て、トレーナーとして独立
古川:4年間で退職したのは、当初の計画に沿った選択だったのでしょうか。
草野: はい。任期制で4年間勤務して、任期満了で退職しました。退職後は、トレーナーとして活動したいと考えていました。
古川:退職後は、どのようにトレーナーの仕事を始めたのですか。
草野: 最初は、地元のフィットネスクラブに入りました。スポーツの専門学校を卒業していたとはいえ、4年間離れていたので、知識を学び直す必要があると思ったんです。
約1年間、アルバイトをしながら知識を養い、その後、同じジムでフリーランスのパーソナルトレーナーとして活動を始めました。
独立直後のコロナ禍。八丈島で思い描いた「タンパク質の自給自足」
古川:八丈島に移住することになった経緯を教えてください。
草野: フリーランスになったばかりの頃は、仕事の調子が良かったんです。ところが、独立して1〜2か月ほどでコロナ禍になり、お店が閉まるようになってしまいました。
両親が先に八丈島へ移住していて、もともと島には遊びに行っていました。仕事がなくなった時期に、この環境でジムをやるのもいいかもしれない、と少しずつ思うようになったんです。
古川:八丈島でのジム経営に、どんな魅力を感じたのでしょうか。
草野: 八丈島では、魚など、その土地の食材でタンパク質を補給できます。「タンパク質の自給自足」をしながらジムをやっていけたら、理想的だなと思いました(笑)。
そこから、約1年かけて移住の準備を進めていきました。
古川:実際に暮らしてみて、自分に合っていると感じますか。
草野: 自衛隊を辞めてから東京や埼玉で活動していた頃は、人混みやコンクリートに囲まれた環境に、少し暮らしづらさを感じていました。
離島では静かに暮らせて、自分にはこちらの方が向いているんだと再確認できました。八丈島は、海や山の自然を感じられる一方で、街や空港もあり、自然と利便性のバランスが良いところも気に入っています。
増えた振込額の先にあった、税金と生活費のギャップ
古川:フリーランスになったとき、収入面ではどのような変化がありましたか。
草野: 独立した初月の振込額だけを比べると、自衛隊時代の2〜2.5倍くらいはあったと思います。最初は「こんなにもらえるんだ」と、うれしくなりました。
ただ、そこから自分で払わなければいけないものがあるんですよね。税金のことや、その手続きは、自衛隊にいた頃にはあまり意識していませんでした。
古川:振り込まれた金額だけで、生活の余裕を判断できるわけではなかったのですね。
草野: そうですね。最初の年は特に、思っている以上にお金を使ってしまうと、税金を払う分が残らなくなるので、気をつけないといけないと感じました。
家賃や食費も自分で負担するようになります。退職してから、自衛隊時代の生活面での待遇の良さを、改めて感じました。目先の金額だけでは分からない部分がありますね。
※「2〜2.5倍」は、草野さんが独立初月の振込額について振り返ったものです。年収や、経費・税金を差し引いた所得が同じ割合で増えたという意味ではありません。
2025年にジムを開業。地域で積み重ねる信頼が、仕事につながる
古川:現在、八丈島ではどのような活動をされていますか。
草野: 2025年に、学生の頃から夢だった本格的なトレーニングジムをオープンしました。今はジムを経営しながら、SNSでの発信などもしています。
高校の部活動でフィジカルコーチをしたり、同じく八丈島に移住して便利屋をしている自衛隊時代の同期を手伝ったりもしています。人手が足りないお店から声をかけてもらうこともあって、いろいろな活動をしていますね。
古川:離島で新しく事業を始めるうえで、大切だと感じていることはありますか。
草野: 新しいビジネスを地域に知ってもらうには、時間がかかると思います。ビジネスの目的だけで入っていくと、受け入れてもらいにくい部分もあります。
ゆっくり時間をかけて知ってもらう努力と、「僕はずっとここにいるよ」という安心感を伝えていくことが大切だと感じています。
古川:日頃の地域との関わりが、仕事にもつながっているのですね。
草野: 元自衛官だと分かると、「こういうことを手伝ってくれないか」と頼られることがあります。力仕事で声をかけてもらうことも多いです。
できることは、なるべくお手伝いする。そうしていると、地域の人との関係も円滑になっていきます。自分が何か事業を始めようとしたときに、周りの人が応援してくれることにもつながると感じています。
八丈島を日本一健康な島に。入隊時から変わらない「人の役に立つ喜び」
古川:今の仕事で、どんなときにやりがいを感じますか。
草野: ジムを利用してくださる方から、「運動できて楽しい」「健康診断の数値が良くなった」といった声をいただいたときですね。
誰かのためになっているんだな、と感じられることがうれしいです。自衛隊に入ったときの目的と、そこは同じなんですよね。
古川:これからの目標を教えてください。
草野: 八丈島を日本一健康な島にしたいと思っています。野望としては、日本一マッチョな島にしたいですね(笑)。
自分のジムを持つという夢だけでなく、これから八丈島をどう盛り上げていくか、ということにも取り組んでいきたいと思っています。
自衛隊で培った自信や技術は、地方でも生かせる
古川:振り返って、自衛隊での経験は今の活動にどう生きていますか。
草野: 厳しい環境できついことを経験したので、何かを始めるときにも、「自分なら大丈夫かな」と思えるようになりました。自分に対する自信につながっていると思います。
そういう意味で、自衛隊の経験は無駄ではなかったと感じています。メンタルの面は、大きく変わりましたね。
古川:地方で暮らす中で、役に立つと感じる経験や技術もありますか。
草野: 部隊にもよりますが、自衛隊で草刈りや木の伐採などを経験している方もいると思います。そうしたことができるだけでも、離島や地方では喜ばれることがあります。
自分にできることを地域の中で生かしていくと、人とのつながりもつくりやすいと思います。
古川:最後に、これからのキャリアを考えている自衛官へ、メッセージをお願いします。
草野: 自衛隊を辞めて、どこかに就職する方は多いと思います。もし自分で起業したい、何かを始めたいと考えているのであれば、東京などの都市部だけでなく、離島や地方にも目を向けてみてほしいです。
そうした場所の方が、自衛隊の経験を生かして事業を始めやすい部分もあるのではないかと、僕自身は感じています。少し外を見てみることも、一つの選択肢だと思います。
草野さんのインタビューを動画で見る
草野さんの言葉や、インタビューの雰囲気はYouTubeでもご覧いただけます。
自衛隊での経験を、これからのキャリアへ
自衛隊で積み重ねてきた経験は、働く場所や役割が変わることで、新たな強みとして生きることがあります。草野さんの歩みには、将来の目標に向けて学び直すこと、自分に合う暮らしを選ぶこと、周囲の役に立ちながら信頼を築くことのヒントがありました。
「自分の経験は、どんな仕事に生かせるのだろう」「これから、どんな働き方を選びたいのか」。Catapultでは、自衛官・自衛隊出身者のキャリア相談を受け付けています。転職するかどうかを決める前の段階から、これまでの経験や希望を一緒に整理していきましょう。
