防衛大から自衛隊に進んだからこそ、自衛隊で活躍する人には人一倍の敬意を持っています。ただ、自分と同じように悩んでいる人には「世の中の仕事は自衛隊だけはない」と伝えたい気持ちがあるといいます。元航空自衛隊の坂口朱里さんは「自分には合っていない」と自衛隊を離れ、個人事業主のヨガインストラクターとして活動中。届かない理想を追い求める生き方から解放され、仕事も育児も楽しんでいます。
【プロフィール】
坂口朱里:防衛大から自衛隊に入隊し、航空自衛隊でレーダーの整備を担当。自衛隊を退職後、結婚や出産を経て個人事業主のヨガインストラクターに転身。2歳と4歳の子どもを育てる母親。夫も元自衛官。
古川勇気:2024年7月にBallista入社。8月からスタートした「Catapult」を担当。防衛大卒業後、入社試験時の適性検査を販売する企業で営業職などを経験。人材獲得や入社後のミスマッチに課題のある会社の内定率向上や離職率低下に貢献した。
防衛大から自衛隊へ 航空自衛隊でレーダーの整備を担当
古川:どのような理由で防衛大や自衛隊に入りましたか?
坂口:一般の大学への進学を目指して受験勉強し、第一志望ではない大学に合格しました。ただ、学生と社会人を同時に経験できる防衛大に、おもしろさを感じました。中学、高校で運動部に所属していたので、体力は問題ないだろうとイメージして防衛大に入りました。実際は、そんなに甘い世界ではなかったですが(笑)。防衛大卒業後は民間企業への就職活動はせず、そのまま自衛隊に入隊しました。
古川:自衛隊では主に、どんな業務にあたっていましたか?
坂口:レーダーの整備をしていました。他国の航空機などが来ていないか24時間監視する目的で全国各地に設置されているレーダーを定期的に整備したり、故障した際に原因を追究したりしていました。レーダーが稼働しない時間がないように、故障した時は代替のレーダーを準備します。故障したらすぐに対応が必要になるので、深夜や土日の出勤も珍しくなかったですね。
「自衛隊は自分に合っていない」 ヨガインストラクターに転身
古川:なぜ、自衛隊を辞めようと思ったのですか?
坂口:自分の中の自衛官の理想像と自分の能力の乖離が大きく、「自衛隊は自分に合っていない」という思いがどんどん強くなっていきました。頑張っても理想と現実の差を全く埋められず、自分を責めていました。防衛大の頃から感じていたのですが、性格的に戦いや競争が向いていませんでした。自衛隊は学力や訓練、組織を指揮する力など、常に評価されます。私は周りの同僚よりも出世意欲が薄く、そんな自分を否定する悪循環に陥っていました。日々悩みながら自衛隊を続ける中、結婚の予定を機に退職しました。
古川:自衛隊を辞めて次の仕事はイメージしていましたか?
坂口:特にやりたい仕事はなかったので、インターネットで求人を探しました。実際に話を聞きに行った企業もありましたが、結婚や妊娠・出産が重なって仕事には就きませんでした。子どもを2人産んで、育児に少しゆとりができたタイミングでヨガインストラクターの勉強を始めました。オンラインで1年かけてインストラクターの資格を取って、個人事業主として開業しました。
義母に勧められたヨガ 勉強のために資格取得
古川:元々、ヨガに興味があったのですか?
坂口:全くの未経験でした。姑と話をしている時に「あなたにはヨガが向いているんじゃない?」と言われて、試しに一度やってみようと体験に行きました。ただ、子ども2人を連れていったら子どもたちが飽きてしまって、90分の体験会のうち30分しか参加できませんでした。子育てしながら定期的に通うのは難しいと感じて、自分で勉強しようと思いました。資格はインストラクターとして仕事をするためではなく、ヨガを学ぶために取っています。
古川:「ヨガが向いている」と勧められて、実際にやってみると自分に合っていると感じましたか?
坂口:ヨガを勉強していくと、それぞれのポーズは体を鍛えるよりも、心と向き合う目的があると知りました。姑はずっと心と向き合ってきたような人だったので、私が自分と向き合う時間をつくるにはヨガがきっかけになると感じたのかもしれません。ヨガの哲学はすごく興味深く、日常生活でも色んな気付きがありました。
自衛隊や子育ての苦悩 ヨガを学んで解消
古川:例えば、どのような気付きがありましたか?
坂口:自衛隊の時と同じように、子育てに関しても自分で自分を苦しめていると気付きました。理想の母親像をつくり上げて、そこに到達できないギャップに悩み、自分を責めていました。頑張らないといけないけど、疲れて頑張れない。でも、ヨガを学んで、自分が苦しくなる目標は見直した方が良いと知りました。「母親は、こうあるべき」、「自衛官は、こうでなければいけない」という理想は思い込みで、自分が心地良く感じる目標を設定すれば良いと思えるようになりました。こうした考えを他の人とも共有できたら良いなと考え、ヨガインストラクターの仕事を意識するようになりました。
古川:ヨガインストラクターとして収入を得るために、どのような活動をされましたか?
坂口:最初はヨガスタジオで働こうと面接を受けました。ただ、経営者やスタッフの雰囲気が合わないと感じました。職種を問わず、どんな企業や組織にも経営者やスタッフの色が表れます。その色に無理に合わせるのではなく、自分の考え方やペースで仕事をしていくには個人事業主の方が良いと判断しました。そこで、私がヨガのインストラクターとして活動していくことを知り合いに伝えたり、ビラで宣伝したりしました。
育児とバランス取れた働き方 仕事の楽しさ実感
古川:自衛隊とは全く違う働き方に苦労や戸惑いはありませんでしたか?
坂口:自衛隊の時はお金を稼ぐという感覚がなかったので、レッスンの金額設定に迷いました。個人事業主は全てを自分で決められる分、それぞれの判断や決断が正しいのか悩む時もあります。ただ、育児を優先した働き方ができるので、ストレスは小さいです。子どもの急な発熱などでレッスンができなくなるケースもありますが、急きょ中止となる可能性があることをお客さまに理解していただいた上でレッスンを受けてもらっています。組織に属した働き方と違って、融通が利くので今の私には合っています。
古川:今の仕事のやりがいや楽しさを教えてください。
坂口:お客さまにレッスンの効果を実感してもらえると力になれた喜びがありますし、自分自身の新たな発見や学びにもつながる充実感があります。お客さまは定期的に来ていただける方が多く、個々の問題解決につながる内容をイメージして毎回レッスンを開いています。家事や育児と仕事のバランスが取れているところも、仕事を楽しめる要因になっています。保育園に預けている子どもたちを午後4時には迎えに行って、予定にゆとりがあるときは公園で遊んでから帰宅して家事をしています。
「仕事は自衛隊だけではない」 輝ける場所は人それぞれ
古川:自衛隊時代と今では、自分が変化したと感じていますか?
坂口:すごく変化しました。夫からも見た目を含めて、だいぶ変わったと言われます。防衛大や自衛隊にいた頃は、とにかく集団に紛れることに必死でしたが、今は自分の価値観や考え方で仕事ができており、自分主体の人生になったと感じています。
古川:坂口さんのように「自分は自衛隊に合わないかもしれない」、「結婚や出産後は自衛隊以外の道も考えてみたい」と迷っている人がいたら、どのようなアドバイスを送りますか?
坂口:まずは、「仕事は自衛隊だけではない」と伝えたいですね。自衛隊にいると、他の世界に目を向けることが出来ずに視野が狭くなってしまう人もいます。視野が狭くなると、自衛隊で戦力になれなければ、民間企業や個人事業主では活躍できないと考えに陥ってしまうことがあります。ところが、実際は自衛隊以外にも色々な職業がありますし、働き方も様々です。もちろん、自衛隊で輝いている人には、そのまま活躍してほしいと思っています。ただ、自分に合っていないと悩んでいる人には、仕事の選択肢は自衛隊以外にもあると知ってほしいです。
やりたいことの見つけ方は「苦しい要因の分析」
古川:自衛隊は合わないと感じていても、他にやりたいことが見えない人に向けたヒントはありますか?
坂口:私も最初は何を仕事にすれば良いのか全然見えませんでした。「やりたいことを見つけないといけない」と考えるのではなく、「何が自分を苦しくしているのか」を分析することが大事だと考えています。苦しさの要因を1つずつ軽減していくと、自分の興味や目標が見えてきます。「組織内の競争に勝てなければ働く意味がない」、「お金を稼げない人は能力がない」といった思い込みにとらわれず、自分の考えや価値観を優先すると心地良く生活できるはずです。私は自分のペースで、ヨガを広めていきたいと思っています。
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