元陸上自衛隊の鈴木梨紗さんがネクストキャリアに選んだのは、農業。自衛隊と農業。一見、無関係な2つの仕事には共通点がありました。「自然の中で体を動かす」、「人のためになる」。仕事に求める2つの条件が重なって転職を決めました。自衛隊時代に戦力になれなかった悩みから解放され、今は能力を開花させています。
【プロフィール】
鈴木梨紗:防衛大58期卒業。陸上自衛隊幹部候補生学校を経て第一施設大隊に配属。自衛隊退職後は農業の会社に就職し、2021年からは個人事業主として茨城県ひたちなか市で「ヤマブキファーム」を営む。
古川勇気:2024年7月にBallista入社。8月からスタートした自衛隊出身者のネクストキャリアをサポートする事業「Catapult(カタパルト)」を担当。防衛大学校卒業後、入社試験時の適性検査を販売する企業で営業職などを経験。人材獲得や入社後のミスマッチに課題のある会社の内定率向上や離職率低下に貢献した。
「自信を持てなかった」 憧れの自衛隊から民間企業に転職
古川:まずは、鈴木さんが防衛大や自衛隊を目指した理由を教えてください。
鈴木:運動が好きだったので、子どもの頃から自然の中で体を動かす職業に魅力を感じていました。その上で、人を助ける仕事、人のためになる仕事ができたら良いなと漠然と思っていました。自衛隊に入りたいと思ったのは、中学生の時です。新潟県で中越地震が起きて、被災地で活躍している自衛隊の姿をテレビで見た時に、かっこ良いと憧れを抱きました。私の地元には勝田駐屯地があって、周りには自衛隊の方々がたくさんいました。両親に自衛官の友達がいたので、「将来は自衛隊に入りたい」と話をしたら、防衛大を含めて入隊する方法を3つ教えてもらいました。高校進学後も思いが変わらなかったので、防衛大への入学を決めました。
古川:災害支援を目にしたことがきっかけで自衛隊を目指すケースは多いですよね。鈴木さんは憧れの自衛隊に入ったわけですが、なぜ民間企業への転職を決めたのでしょうか?
鈴木:防衛大や自衛隊で過ごした時間は刺激がありました。高いレベル、高い意識を持った人たちに囲まれて、私の意識も上がりました。人間関係のつくり方や戦術的な知識は自衛隊以外でも活きる内容の濃いものでした。自衛隊を離れたのは、「自分の性格には合わない」と感じた部分が大きいです。自衛隊は階級社会なので、20代の私が、父親くらいの年齢の方々を指導、指揮します。どうしても、上手く役割を果たせませんでした。また、私は体力に絶対の自信を持って自衛隊に入りましたが、男性の中に入ると、どんなに努力しても全体の平均より少し上に行ける程度です。自分は何を武器にすれば良いのか分からず、指導に自信を持てませんでした。このまま自衛隊にいても苦しいだけと感じて、転職を考えるようになりました。
就農イベントに参加をきっかけに
古川:自衛隊にいると転職活動に制限があると思います。どのように仕事を探したのでしょうか?
鈴木:結果的に時期は早まりましたが、自衛隊を引退したら独立して農業をやりたいという将来像を描いていました。転職を意識してインターネットで農業に従事する方法を調べてみると、知識や経験、道具がない中で最初から1人でやっていくのは難しいと思いました。そこで、農業の会社に入社しようと考えました。農業に興味がある人を対象にした「農業フェア」というイベントに参加して農業関係者とつながりができました。その中の1人に、私の地元・茨城県ひたちなか市で農業をしている企業を紹介してもらいました。防衛大や自衛隊出身者は体力があるので、農業の方々に歓迎されています。
古川:やりたいことが明確だったんですね。なぜ、農業に興味を持ったのですか?
鈴木:農業を選んだ理由は自衛隊を志願したときと共通しています。自然の中で体を動かして、人の役に立つ仕事であることです。農業は未経験でも不安はありませんでした。やらない後悔はしたくないので、興味があるなら、やってみようという気持ちでした。
自衛隊とは自由度に違い 農業は「自分次第」
古川:自衛隊と民間企業には違いがあると思います。ギャップに悩みませんでしたか?
鈴木:働き方の自由度という点では違いがあります。自衛隊は組織で動くので、自分の行動や判断に制限があります。それに対し、農業は農作物に縛られる部分はありますが、自分次第で1日の仕事を早く終えることもできますし、自分の考えた通りに行動できます。お客さんが喜ぶ表情や声を直接見聞きできるところは、農業の大きなやりがいです。
古川:民間企業に就職後、鈴木さんは個人事業主として独立されています。独立の決断は難しくなかったですか?
鈴木:独立を前提に会社で働いていたので、少しずつ準備を進めていました。ただ、独立したタイミングは勢いです。畑や道具が整ったわけではなく、独立したい気持ちを抑えられませんでした。退社してから半年くらいは畑がなくて不安な日々が続きました。ところが、畑が1つ決まってからは、とんとん拍子で進んでいきました。自分だけでは対応できないくらい畑が集まり、作業場も、遠い親戚に使っていない蔵を貸してもらいました。動き出したら必要なものが揃っていった感覚です。すごく人に恵まれていて、色んな方々の支援で今があると思っています。
自衛隊一筋も民間転職も選択肢
古川:農業は畑を耕してから作物を収穫して売上を立てるまで期間が長いですし、天候にも左右されます。恐さは感じていませんか?
鈴木:まだ収益が安定しているわけではないので、独立して成功しているとは言えないかもしれません。2023年6月には、必死にお金をためてそろえたトラクター2台が雨による自然発火で全焼するショックな出来事もありました。それでも、楽しさや希望といったポジティブな感情ばかりで恐さはないですね。自分が好きなことをやっている充実感や幸せでいっぱいです。
古川:最後に、自衛隊出身者で転職を考えている人に向けてメッセージをお願いします。
鈴木:自衛隊はすごく大変な仕事です。自信と誇りを持てる職業で、私も尊敬しています。最後まで自衛隊をまっとうできたら素晴らしいことです。ただ、性格的に合わない、自分の長所を発揮できないと考えている人にとっては民間企業への転職も選択肢の1つになると思います。自分の経験でしかありませんが、前向きに行動を起こせば環境は後から整ってきます。
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